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東京高等裁判所 平成3年(行ケ)308号 判決 1994年10月19日

東京都千代田区丸の内二丁目6番1号

原告

古河電気工業株式会社

代表者代表取締役

友松建吾

訴訟代理人弁理士

若林広志

東京都千代田区霞が関三丁目4番3号

被告

特許庁長官 高島章

指定代理人

渡辺弘昭

田中靖紘

涌井幸一

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第1  当事者の求めた判決

1  原告

特許庁が、平成1年審判第18904号事件について、平成3年10月11日にした審決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

2  被告

主文と同旨

第2  当事者間に争いのない事実

1  特許庁における手続の経緯

原告は、昭和58年12月27日、名称を「耐熱性配管材」とする考案(以下「本願考案」という。)につき実用新案登録出願をした(昭和58年実用新案登録願第205152号)が、平成元年9月12日に拒絶査定を受けたので、同年11月16日、これに対する不服の審判の請求をした。

特許庁は、同請求を同年審判第18904号事件として審理したうえ、平成3年10月11日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、その謄本は、同年11月13日、原告に送達された。

2  本願考案の要旨

「塩素化ポリ塩化ビニル樹脂組成物にて内管を形成し、その外側に耐衝撃強化材を配合せるポリ塩化ビニル樹脂組成物にて外管を形成した2重管からなる耐熱性配管材」(本願明細書の実用新案登録請求の範囲の記載のとおり。)

3  審決の理由

審決は、別添審決書写し記載のとおり、特開昭53-37908号公報(以下「引用例1」といい、その発明を「引用例発明1」という。)及び特開昭54-141836号公報(以下「引用例2」といい、その発明を「引用例発明2」という。)を引用し、本願考案は上記各引用例に記載された考案(発明)及び異なる樹脂組成物からなる2重管という周知事項に基づいて、当業者がきわめて容易にすることのできた考案であると判断し、実用新案法3条2項の規定により実用新案登録を受けることができないとした。

第3  原告主張の審決取消事由の要点

審決の理由中、本願考案の要旨、各引用例の記載事項、本願考案と引用例発明1との一致点・相違点の各認定は認める。

相違点についての検討につき、「異なる樹脂組成物からなる2重管は・・・当業者に周知のものである」(審決書4頁10~12行)との認定は認め、その余を争う。

なお、被告釈明の審決書の誤記の点は認める。

審決は、引用例発明1の2重管の内管を引用例発明2の耐熱性塩素化ポリ塩化ビニル樹脂で形成する構成とすることはきわめて容易に想到しうることであると誤って認定し(取消事由1)、また、本願考案の予測できない効果を看過し(取消事由2)、その結果誤った結論に至ったものであるから、違法として取り消されなければならない。

1  取消事由1(容易推考性の判断の誤り)

審決は、「異なる樹脂組成物からなる2重管は・・・当業者に周知のものであるから、前記甲第2号証(注、本訴甲第4号証、引用例1)記載の2重管の内管を、ポリ塩化ビニル樹脂以外の樹脂で形成する程度のことは当業者が必要に応じて適宜なし得ることと認める。そしてその際、内部を流れる熱水等に耐えられるよう甲第1号証(注、本訴甲第3号証、引用例2)記載の耐熱性塩素化ポリ塩化ビニル樹脂を使用することも、該使用に本願明細書の記載をみても格別の意味が認められないところから、当業者がきわめて容易に想到しえることといわねばならない。」(審決書4頁10行~5頁1行)と認定判断した。

(1)  しかし、「異なる樹脂組成物からなる2重管」という周知技術があるからといって、何のために2重管にしたかということを考慮することなく、当業者が必要に応じて適宜なしうることであると安易に認定することは許されない。

異なる樹脂組成物からなる2重管という上記周知技術の例として審決が挙げている実公昭30-6159号公報(審判事件甲第3号証、本訴甲第5号証)、実公昭35-33862号公報(審判事件甲第4号証、本訴甲第6号証)も、同じく被告が本訴で挙げている実願昭54-168871号、同168872号各明細書及び図面(乙第1、第2号証)、実公昭58-51487号公報(乙第3号証)も、いずれも薬液を流す管に係るものであり、高温のものが内部を通る管ではない。

薬液を流す管の場合、2重管の外管が薬液に触れることはありえないから、内管だけを耐薬品性のものとすることは自然な発想ということができよう。

しかし、高温のものが管内を通る場合は、外管も管内を通るものの温度の影響を受けざるをえないから、高温のものを通す管を考案しようとするとき、管全体を耐熱性の樹脂とすることこそ自然な発想であって、内管だけを耐熱性の樹脂に置き換えるなどということは普通には考えないことである。

これを各引用例の記載と本願考案との関連につき具体的に見れば、次のとおりである。

引用例発明1の積層管は塩化ビニル樹脂管であり、塩化ビニル樹脂が耐熱性に劣ることは周知であるから、そもそも、このような管に高温のものを通すという課題自体、容易に生ずるものではない。

また、引用例発明1は、2重管といっても、積層管であって、その素材となっているのは、添加剤の有無あるいは量において差があるとはいえ、同じ塩化ビニル樹脂である点で内層、外層とも同じであり、ここから、内層だけを耐熱性の樹脂に置き換えるという発想が出てくるとは考えられない。同発明の発想の下では、塩化ビニル樹脂で耐熱性が不足するのであれば、管全体を耐熱性の樹脂で構成することになるであろう。

塩素化塩化ビニル樹脂が耐熱性に優れていることは、本願出願前既によく知られており、また、引用例2にも記載されていることからすれば、これを内部に高温のものを通す管の素材として用いようとすること自体は自然な発想であり、その際、上記樹脂が耐衝撃性に劣ることは周知であったから、これに対する考慮が必要であったとしても、同引用例には、同時に同樹脂の耐衝撃性の改善の仕方まで明示されていることからすれば、そのときにはその技術思想に従うまでのことであるから、引用例発明1の積層管の内層をこれで置き換えるという発想は容易には生じないはずである。

現に、引用例1及び同2を見ても、そこには、引用例発明1の積層管の内層を、塩化ビニル樹脂に換えて塩素化塩化ビニル樹脂、特に引用例発明2の耐熱性塩素化ポリ塩化ビニル樹脂で形成することを示唆するものは何もない。

(2)  本願考案は、ただ単に従来のものに比べて耐熱性に優れたプラスチック製配管材を提供することを目的とするものではなく、従来プラスチック製配管材で満足させることはほとんど不可能と考えられていた、80℃以上の温度においても「ツルハシ衝撃強度」及び「偏平圧縮強度」(甲第8号証)を満足させる程度の耐熱性、耐衝撃性を有するプラスチック製配管材を提供することを目的とするものであることは、本願明細書において、例えばそこに記載された実施例及び比較例の試験条件など、その全趣旨により明らかにされている(なお、本願明細書第1表中の「比較例(1)」は「比較例(2)」の、「比較例(2)」は「比較例(1)」の各誤記である。)。

そして、本願考案は、塩素化ポリ塩化ビニル樹脂組成物及び耐衝撃強化材配合ポリ塩化ビニル樹脂組成物という、いずれもそれ自体管の素材としては知られていたものの、このような目的にかなうとは全く考えられていなかったものを、内管及び外管として組み合わせる構成を採用することにより、上記目的を達成したものである。

このように、全く予測の立たないものについてあえて実験を試み、予想外に優れた結果を得たとすれば、それは進歩性のある考案というべきである。

審決は、「内部を流れる熱水等に耐えられるよう甲第1号証(注、本訴甲第3号証、引用例2)記載の耐熱性塩素化ポリ塩化ビニル樹脂を使用することも、該使用に本願明細書の記載をみても格別の意味が認められないところから、当業者がきわめて容易に想到しえることといわねばならない。」(審決書4頁16行~5頁1行)と判断したが、この判断は、上記事実を看過する誤りを犯すものである。

審決のような論法でいけば、2重管に関する発明、考案のほとんどは進歩性を否定されることになるであろう剤を添加した塩化ビニル樹脂を外層とすることにより耐衝撃性の改善を図ったものであるが、塩化ビニル樹脂は、本願明細書の従来技術の説明にも記載されているとおり(甲第2号証明細書1頁18行~2頁6行)、耐熱性に劣り軟化変形をおこしやすいため60℃以上では使用できないものとされていたのであるから、耐衝撃改良剤が添加されているとはいえ、所詮塩化ビニル樹脂にすぎないものを基材とするこの積層管が、80℃以上の温度での耐衝撃性改良に大きな寄与をするとは、引用例1に接する当業者にとって、予測できないことである。

(4)  引用例発明1の積層管及び引用例2の樹脂が上記のようなものであったとすれば、両者を組み合わせて前者の内層を後者の樹脂で構成した2重管についても、それが、本願考案の2重管が有する上記のような80℃以上の高温における耐衝撃性を示すと予測することは、当業者にとって無理なことであったといわなければならない。

本願考案は、このような状況の下で、「塩素化ポリ塩化ビニル樹脂組成物にて内管を形成し、その外側に耐衝撃強化材を配合せるポリ塩化ビニル樹脂組成物にて外管を形成し」て2重管にするという構成を採用することにより、80℃以上の高温における十分な耐衝撃性という上記予測できない作用効果を有する管を得ることに成功したのである。

ところが、審決は、本願考案のこの予測できない効果の点につき全く考慮を払うことなく、本願考案の進歩性を否定したものであるから、違法なことは明らかといわなければならない。

第4  被告の反論の要点

審決の認定判断は正当であり、原告主張の審決取消事由は、いずれも理由がない。

なお、審決書3頁以下の各「甲第1号証」はいずれも「甲第2号証」の、各「甲第2号証」はいずれも「甲第1号証」の、同3頁15行目の「下欄」は「左下欄」の、同16行目の「組成物から」は「組成物が」の、同19行目及び4頁11行目の各「甲第3乃至5号証」はいずれも「甲第3、4号証」の、同頁1行目の「引用例1」は「甲第2号証」の、同7行目の「耐衝撃強化材」は「管壁の外層と内層で耐衝撃強化剤」の、同17行目の「耐熱性塩塩素化」は「耐熱性塩素化」の、各誤記である。

1  取消事由1について

(1)  異なる樹脂組成物からなる2重管が当業者に周知のものであることは審決認定のとおりであり、原告も認めるところである。

審決が周知例として挙げる実公昭30-6159号公報(審判事件甲第3号証、本訴甲5号証)に記載された2重管は、内管を、管内部を輸送する薬液の酸及びアルカリに耐えるように耐酸、耐アルカリ性の大きい合成樹脂(硬質塩化ビニール)組成物とし、外管を、管の機械的性質の一つである機械的強度を大きくするため、機械的強度の大きい合成樹脂(ガラス繊維補強ポリエステル樹脂)組成物としたものであり、同じく実公昭35-33862号公報(審判事件甲第4号証、本訴甲第6号証)に記載された2重管は、内管を、管内部を輸送する薬液の化学的性質及び高温に耐えるように耐薬品性及び耐熱性を持った合成樹脂(フラン樹脂)組成物とし、外管を、機械的性質の一つである機械的加工性を良好にするため、機械的加工性の優れた合成樹脂(フェノール樹脂又はメラミン樹脂)組成物としたものである。

この他にも、上記周知技術を例示した文献として、実願昭54-168871号、同168872号各明細書及び図面(乙第1、第2号証)、実公昭58-51487号公報(乙第3号証)を挙げることができ、前二者には、耐熱性、耐薬品性合成樹脂管を接ガス面あるいは接液面となる内管とし、これを機械的強度に富み安価な合成樹脂製の外層管で保護した2重管が記載され、最後のものには、内管と外管とでカーボンブラックの配合量を変更させたパイプが示されており、これにつき「外層にカーボンブラツクを含有しているので耐候性に優れ、かつ、内層にはカーボンブラツクを含有しないかまたは極少量しか含有しないので、・・・耐熱老化性に優れる」(乙第3号証2頁4欄7~12行)と記載されている。

これら2重管の構成に照らし、審決が周知技術として挙げる「異なる樹脂組成物からなる2重管」は、内管を、管内部を輸送する液体等の化学的性質(酸性、アルカリ性等)又は物理的性質(温度等)に耐性のあることの知られた合成樹脂組成物で構成し、外管を、通常管外部に強く作用する力に対する対抗性又は管外部から行われる加工の容易性など管の機械的性質が所望のものであることの知られた合成樹脂組成物で構成した2重管であるということができ、これによるときは、管の内側材質は管内部の流体に対して適したものとし、管の外側材質は外力に対して適したものとするため、特性の既に知られた異なった材質を要求される適性に応じて管内部と管外部に使用して管全体として双方の材質の特性を合わせ持つものとする技術は、本願出願前周知であったことが明らかである。

(2)  引用例発明1の塩化ビニル系樹脂製管は、耐衝撃性及び耐候性を改良するために、外層に内層よりも多量に耐衝撃改良剤を添加するものであり、その内部に流入する流体については、特に考慮していない。

しかし、高温のものが内部を通ることにより塩化ビニル系樹脂組成物が損傷を受ける場合には、内層を塩化ビニル系樹脂よりも耐熱性の優れることが知られている樹脂に置き換えることは、上記周知技術からきわめて容易に考えうることである。

引用例発明2の樹脂組成物は、塩素化塩化ビニル樹脂に水酸化カルシウム等を特定量添加した、耐熱性等に優れた塩素化塩化ビニル樹脂組成物であり、引用例2には、これに関して、「塩素化塩化ビニル樹脂は耐熱性(熱変形性)がすぐれており有用な樹脂であるが、・・・成形加工する際には高温で成形しなければならない。」(甲第3号証1頁右下欄12~15行)と、塩素化塩化ビニル樹脂が基本的にかなりの高温に耐えうる性質を有する樹脂であることが記されている。

そうとすると、上記周知技術の下では、耐衝撃性に優れることの知られた引用例発明1の積層管につき、その内層の塩化ビニル系樹脂組成物を、引用例2により耐熱性に優れることの知られている塩素化塩化ビニル樹脂組成物による管として、本願考案の耐熱性配管材とすることは、当業者にとりきわめて容易であったといわなければならない。

(3)  原告は、引用例発明1の積層管は塩化ビニル樹脂管であり、塩化ビニル樹脂が耐熱性に劣ることは周知であるから、このような管に高温のものを通すという課題自体、容易に生ずるものではないと主張する。

しかし、引用例2には塩素化塩化ビニル樹脂組成物が耐熱性に優れることが記載されていることは原告も認めるところであり、ここにいう「耐熱性」が「耐熱変形性」を意味する(甲第3号証1頁右下欄9、12行、2頁左上欄2行)ものであって、高温における「耐衝撃性」を意味するものではないとしても、この記載は、原告も認めるとおり耐熱性の乏しいことが周知である塩化ビニル樹脂管である引用例発明1の積層管の内層を上記塩素化塩化ビニル樹脂組成物よりなる管として耐熱性配管材とする動機としては、十分なものといわなければならない。

引用例2には、引用例発明2の塩素化塩化ビニル樹脂を主材とする単管において、アクリル系衝撃改質材及び樹脂以外の添加剤を添加して耐衝撃性を改良することが記載されている。

原告は、この点をとらえ、引用例発明2の塩素化塩化ビニル樹脂を用いた耐熱性配管材を考案するのなら、これを用いた単管とするはずである旨を主張する。

しかし、塩素化塩化ビニル樹脂が、塩化ビニル樹脂に比較して基本的に耐衝撃性に劣ることは、例えば、特開昭56-117519号公報にも記載されている(乙第6号証2頁右上欄7~15行)ように、本願出願前から知られていることであるから、引用例2の上記記載は、耐熱性配管材の構造を考えるに際し、耐熱性は優れているが耐衝撃性において基本的に劣るとされる引用例発明2の塩素化塩化ビニル樹脂の外側に、耐衝撃性が基本的に優れるとされる塩化ビニル樹脂に更に耐衝撃改良剤を添加した引用例発明1の外層を積層して、これら両材質よりなる2重管とすることの妨げに、何らなるものではない。

原告は、特公昭59-31929号公報等(甲第9~第14号証)を挙げ、本願考案は、進歩性ありとして特許登録あるいは実用新案登録のされた他の2重管との比較においても、進歩性が認められるべきであると主張するが、発明又は考案の進歩性は、具体的な公知技術との関係において定まるものであって、これとの比較なしに決まるものではなく、この観点から原告の挙げる例を見た場合、そこには、本願考案の進歩性の肯定につながるものはない。

2  取消事由2について

(1)  原告は、80℃以上の温度においても十分な「ツルハシ衝撃強度」及び「偏平圧縮強度」を発揮する程度の耐熱性、耐衝撃性を有するという本願考案の2重管の作用効果は、各引用例を見ても予測できないとし、そうである以上、本願考案は、上記予測できない作用効果を根拠に進歩性が認められるべきである旨主張する。

しかし、本願明細書第1表(甲第2号証明細書5頁)によれば、塩素化ポリ塩化ビニル樹脂組成物のみによる管(同4頁16~18行)である比較例(1)(同表中、比較例(1)は同(2)の、同(2)は同(1)の誤記である点は認める。)も、80℃以上の温度において、本願考案の2重管と同様の強度を有することが明らかであり、これによるときは、本願考案の2重管の有する80℃以上の温度における強度は、塩素化ポリ塩化ビニル樹脂組成物のみで管を形成しても得られるものにすぎない。

したがって、この樹脂を内管とする本願考案の2重管もまた、このような作用効果を有することは、いわゆる単なる効果の発見にすぎず、これを、非予測性の名の下に、本願考案の進歩性の根拠にしようとする原告の主張は失当である。

(2)  上記本願明細書第1表によれば、本願考案の2重管は、塩素化ポリ塩化ビニル樹脂組成物のみによる比較例(1)の管との比較において、-5℃あるいは0℃の低温においては優れた耐衝撃性を示すことが認められる。

しかし、引用例1には、本願考案の外管として用いられている耐衝撃強化剤を配合したポリ塩化ビニル樹脂組成物を外管とした2重管が低温において大きな機械的強度を有することが開示されているのであるから、このことと、2重管に関する上記周知技術の基礎となっている技術思想とからすれば、本願考案の構成を採用した2重管が、塩素化ポリ塩化ビニル樹脂組成物の有する高温での大きな耐衝撃性とともに、耐衝撃強化剤を配合したポリ塩化ビニル樹脂組成物の有する低温における大きな耐衝撃性をも有するであろうことは、当然のこととして予測できることといわなければならない。

(3)  結局、原告主張の効果は、本願考案の進歩性の根拠とすることができないものであるから、審決が、原告主張の作用効果の非予測性につき言及することなく、本願考案の進歩性を否定したことに、誤りはない。

第5  証拠

本件記録中の書証目録の記載を引用する。各書証の成立(甲第8号証については原本の存在及び成立)は、いずれも当事者間に争いがない。

第6  当裁判所の判断

1  取消事由1(容易推考性の判断の誤り)について

(1)  審決認定のとおり、本願出願前、異なる樹脂組成物からなる2重管が当業者に周知のものであったことは、当事者間に争いがない。

審決が周知例として挙げた実公昭30-6159号公報(甲第5号証)には、輸送する薬液の酸及びアルカリに耐えるように耐酸、耐アルカリ性の大きい硬質塩化ビニール管を内管とし、その外面を、機械的強度を大きくし、かつ、硬質塩化ビニールのみによる管では軟化するような温度でも使用しうるようにするため、機械的強度も大きく耐熱性も大きいいわゆるガラス繊維補強ポリエステル樹脂で覆って2重管とした合成樹脂管が記載され、同じく実公昭35-33862号公報(甲第6号証)には、管内面に耐薬品性、耐熱性を持つフラン樹脂層を形成し、その外面に機械的加工性の優れたフェノール樹脂又はメラミン樹脂積層部を形成し、それぞれの樹脂の特性を維持した2重管が記載されていることが認められる。

また、実願昭54-168871号(乙第1号証)、同168872号(第2号証)の各明細書及び図面には、耐熱性、耐薬品性合成樹脂管を接ガス面あるいは接液面となる内管とし、これを機械的強度に富み安価な合成樹脂製の外層管で保護した2重管が記載されており、実公昭58-51487号公報(乙第3号証)には、内管と外管とでカーボンブラックの配合量を変更させた積層ポリオレフィンパイプが示されており、これにつき、「外層にカーボンブラツクを含有しているので耐候性に優れ、かつ、内層にはカーボンブラツクを含有しないかまたは極少量しか含有しないので、・・・耐熱老化性に優れる」(同号証2頁4欄8~12行)と記載されていることが、それぞれ認められる。

これらの各文献の示すところによれば、内管を、管内部を輸送する液体等の化学的性質(酸性、アルカリ性等)又は物理的性質(温度等)に耐性のあることの知られた合成樹脂組成物で構成し、外管を、通常管外部に強く作用する力に対する対抗性又は管外部から行われる加工の容易性など管の機械的性質が所望のものであることの知られた合成樹脂組成物で構成することにより、管全体として双方の材質の特性を合わせ持つものとする2重管の技術は、本願出願前周知であったことが明らかである。

(2)  一方、引用例1には、審決認定のとおり、「塩化ビニル系樹脂製管において、管壁の外表面層に、無機充填剤と、管壁の外表面層以外の層よりも多量の耐衝撃改良剤とが添加されてなる積層管」が記載されていることは当事者間に争いがなく、同引用例(甲第4号証)には、このように2層とした効果につき、「管の外表面層に於いて、無機充填剤が光遮蔽剤として作用して光劣化を遅延させるとともに、屋外に長期放置されてわずかに光劣化して欠陥部が生じても、外表面層の方が外表面層以外の層に比べて耐衝撃改良剤を多量に含むために、外表面層の方が外表面層以外の層に比べて剛性が低く、外部からの急激な大きな衝撃を吸収して欠陥部からの破壊の進行を食い止めるので」(同号証2頁右下欄9~17行)、「耐衝撃性をそなえ且つ耐候性に優れ、且つ抗張力等の物性に優れた管を提供すること」(同2頁左上欄13~14行)ができる旨記載されていることが認められる。

また、引用例2には、審決認定のとおりの組成よりなる塩素化塩化ビニル樹脂組成物が記載されていることは当事者間に争いがなく、同引用例(甲第3号証)には、この組成よりなる塩素化塩化ビニル樹脂組成物が、「熱安定性が非常にすぐれ、耐熱性は熱変形温度が100℃以上と高く、且耐衝撃性が高いのであり、耐熱性、耐衝撃性の必要なパイプ等に好適に使用されるものである」(同号証2頁左下欄14~18行)ことが記載されていることが認められる。

(3)  以上の2重管の周知技術を前提にして、引用例1、同2の記載をみれば、上記「耐衝撃性をそなえ且つ耐候性に優れ、且つ抗張力等の物性に優れた管」である引用例1の塩化ビニル系樹脂製積層管の耐衝撃改良剤が添加された外層はそのままとし、その内層に代えて、引用例2に記載された上記「耐熱性、耐衝撃性の必要なパイプ等に好適に使用される」塩素化塩化ビニル樹脂組成物よりなる管を用いて、両者を組み合わせることにより、本願考案の「塩素化ポリ塩化ビニル樹脂組成物にて内管を形成し、その外側に耐衝撃強化材を配合せるポリ塩化ビニル樹脂組成物にて外管を形成した2重管からなる耐熱性配管材」に想到することは、当業者にとって、特段の困難性なくきわめて容易になしうることといわなければならない。

このことは、本願考案の目的とする「耐衝撃性にして且耐熱性を有する配管材を提供せんとする」(甲第2号証明細書1頁10~11行)ことは、引用例2の上記記載から明らかなように、本願出願前から当業者に認識されていたところであり、また、特開昭56-117519号公報(乙第6号証)に示された「耐熱性、耐衝撃性及び耐候性に優れていることを特徴とする地中線ケーブル防護管」(同号証1頁左欄6~8行)の発明や前示実公昭58-51487号公報(乙第3号証)に示されている耐候性、耐熱老化性に優れるポリオレフィンパイプの考案にみられるように、すでに当業者が試みていることであって、この目的自体が目新しいものではなく、また、その目的達成の手段も、本願明細書(甲第2号証明細書)に記載されているように、「本考案において内管を塩素化ポリ塩化ビニル樹脂組成物にて形成せる理由は、該樹脂は優れた耐熱性を有し、しかも機械的性能が良好であることによるものであり」(同2頁17~20行)、「又外管として耐衝撃強化材配合のポリ塩化ビニル樹脂組成物を使用する理由は、該組成物が耐衝撃性等の機械的性能に優れており外部からの衝撃力に対し十分に保護せしめ得るためである」(同3頁7~11行)というものであって、異なる特性を有する材質からなる管を重ね、管全体として双方の材質の特性を合わせ持つ2重管とする上記周知技術の適用にすぎないことからも、明らかである。

(4)  原告は、本願考案の目的が80℃以上の温度においても十分な「ツルハシ衝撃強度」及び「偏平圧縮強度」を発揮する程度の耐熱性、耐衝撃性を有するプラスチック製配管材を提供することを目的としていることを強調するが、本願考案の要旨及び本願明細書の記載(同3頁3行~4頁2行)からして、本願考案の用途、内管に使用する塩素化ポリ塩化ビニル樹脂の含有塩素量、外管に使用するポリ塩化ビニル樹脂に含有させる耐衝撃強化材の種類、その配合比率、内管と外管の厚み比率等につき、何らの限定がされていないから、本願考案は、その要旨に示された構成を持つ耐熱性配管材ならば、これを全て包含するものといわなければならず、したがって、本願考案の容易推考性もまた、このような構成を持つ耐熱性配管材として判断されるべきことは理の当然というべきである。本願明細書の実施例(1)~(4)として挙げられているところの、「塩素化塩化ビニル樹脂(塩素含有量65%)にて内管1を形成し、その外側にポリ塩化ビニル樹脂(重合度1000)80重量部にアクリル系樹脂20重量部を配合した耐衝撃性ポリ塩化ビニル樹脂組成物にて外管2を形成して外径140mmの本考案配管材3」(同4頁6~11行)であって、その内管及び外管の厚みがそれぞれ、〔7mm、2mm〕、〔6mm、3mm〕、〔4.5mm、4.5mm〕、〔3mm、6mm〕(同5頁第1表)のものが、80℃以上の温度においても十分な「ツルハシ衝撃強度」及び「偏平圧縮強度」を発揮する程度の耐熱性、耐衝撃性を有することは、このような特定の構成のもののみに限られない本願考案の容易推考性を判断するうえにおいて直接の関係を有する事柄ではないから、原告の上記主張は採用できない。

その他、原告が取消事由1中において種々主張するところは、上記説示に照らし、いずれも採用に値しない。

なお、原告は、特公昭59-31929号公報等(甲第9~第14号証)を挙げ、本願考案は、進歩性ありとして特許登録あるいは実用新案登録のされた他の2重管との比較においても、進歩性が認められるべきであると主張するが、発明又は考案の進歩性は、具体的な事案ごとに事案に応じてなされるべきものであるから、原告の上記主張は主張自体失当である。

(5)  以上のとおりであるから、本願考案の構成は異なる樹脂組成物からなる2重管という周知技術並びに各引用例に記載された発明に基づき当業者がきわめて容易に想到しえたものとの審決の判断に誤りはないといわなければならない。

原告主張の取消事由1は理由がない。

2  取消事由2(予測できない作用効果の看過)について

(1)  本願明細書第1表(甲第2号証明細書5頁)によれば、本願考案の実施例(1)~(4)に挙げられた2重管と比較した場合、塩素化ポリ塩化ビニル樹脂組成物のみによる管である比較例(1)(同4頁16~18行)のものも、80℃以上の温度において同等の強度を有することが明らかであり(同表中、比較例(1)は同(2)の、同(2)は同(1)の各誤記であることは当事者間に争いがない。)、これによると、本願考案の2重管の有する80℃以上の温度における強度は、塩素化ポリ塩化ビニル樹脂組成物のみで管を形成しても得られるものにすぎないことが明らかである。

すなわち、本願考案は、上記のとおり、その外管、内管の厚み、また、その厚みの比率等について何らの限定もないのであるから、上記作用効果が塩素化ポリ塩化ビニル樹脂組成物で形成した一定の厚みを持つ管により得られるものであるならば、これと同等の厚みをもつ同樹脂組成物で形成した管を内管とし、その外側に耐衝撃剤を配合せるポリ塩化ビニル樹脂組成物にて外管を形成して2重管としたものも同等の作用効果を有するであろうことは、上記周知技術に照らせば容易に予測できることと認められ、仮に塩素化塩化ビニル樹脂自体が80℃以上において上記強度を有することが知られていなかったとしても、それは、いわゆる単なる効果の確認の一場合にすぎず、これを根拠に考案の進歩性を主張することは許されないものといわなければならない。

(2)  上記第1表によれば、本願考案の2重管は、塩素化ポリ塩化ビニル樹脂組成物のみによる比較例(1)の管との比較において、-5℃あるいは0℃の低温においては優れた耐衝撃性を示すことが認められる。

しかし、前述のとおり、引用例1に、本願考案の2重管の外管として用いられている耐衝撃強化剤を配合したポリ塩化ビニル樹脂組成物を外表面層とした積層管が大きな機械的強度を有することが開示されていることが認められるから、これを外管とした本願考案の2重管が、このような低温においても優れた耐衝撃性をも有するであろうことは、当業者が予測できる範囲内のものといわなければならない。

(3)  そうとすれば、本願考案の作用効果が予測できないものであるとする原告の主張は採用できず、本件全証拠を検討しても、上記認定を覆すに足りる資料は見出せない。

原告主張の取消事由2も理由がない。

3  以上のとおりであるから、原告主張の審決取消事由はいずれも理由がなく、上記のとおり本件審決には多くの誤記があるが、審決を違法として取り消すに足りる瑕疵は見当たらない。

よって、原告の請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 牧野利秋 裁判官 山下和明 裁判官 芝田俊文)

平成1年審判第18904号

審決

東京都千代田区丸の内2丁目6番1号

請求人 古河電気工業株式会社

昭和58年実用新案登録願第205152号「耐熱性配管材」拒絶査定に対する審判事件(平成2年9月12日出願公告、実公平2-34033)について、次のとおり審決する。

結論

本件審判の請求は、成り立たない。

理由

本願は、昭和58年12月27日の出願であっで、その考案の要旨は、当審において出願公告された明細書及び図面の記載からみて、実用新案登録請求の範囲に記載された次のとおりのものと認める。

「塩素化ポリ塩化ビニル樹脂組成物にて内管を形成し、その外側に耐衝撃強化材を配合せるポリ塩化ビニル樹脂組成物にて外管を形成した2重管からなる耐熱性配管材」

これに対し、当審における登録異議申立人村上信善は、甲第1号証(特開昭54-141836号公報)、甲第2号証(特開昭53-37908号公報)、甲第3号証(実公昭30-6159号公報)、甲第4号証(実公昭35-33862号公報)、および甲第5号証(実公昭39-16977号公報)を提示し、本願考案が、本出願前に頒布された前記甲各号証に記載された考案に基づいて当業者がきわめて容易に想到しえるので、実用新案法第3条第2項の規定により実用新案登録を受けることができない、旨主張している。

そして上記甲第1号証には、「塩化ビニル系樹脂製管において、管壁の外表面層に、無機充填剤と、管壁の外表面以外の層よりも多量の耐衝撃改良剤とが添加されてなる積層管」が記載されている。

また、甲第2号証には、「塩素化ポリ塩化ビニル樹脂100重量部に、水酸化カルシウム0.5~10重量部と水酸化マグネシウム0.5~10重量部とステアリン酸カルシウム0.1~5.0重量部とが添加されかつ上記水酸化カルシウムと上記ステアリン酸カルシウムの重量比が9:1~5.5:4.5であることを特徴とする塩素化ポリ塩化ビニル樹脂組成物」が記載されている。そして同甲号証第2頁下欄17行には、前記塩素化ポリ塩化ビニル樹脂組成物から耐熱性、耐衝撃性の必要なパイプ等に好適に使用されることも示されている。

さらに、甲第3乃至5号証には、各種の二重積層管が記載されている。

本願考案と上記引用例1記載のものとを対比すると、耐衝撃強化材は耐衝撃改良剤と同一物質を意味するところから、両者は、樹脂製の2重管である点で一致し、前者が、2重管の内管を塩素化ポリ塩化ビニル樹脂組成物にて形成し、外側を耐衝撃強化材を配合せるポリ塩化ビニル組成物で形成したのに対し、後者が、耐衝撃強化材の配合割合の異なる組成物で形成した2重管である点で、相違する。

そこで上記相違点について検討すると、異なる樹脂組成物からなる2重管は甲第3乃至5号証に記載されるように当業者に周知のものであるから、前記甲第1号証記載の2重管の内管を、ポリ塩化ビニル樹脂以外の樹脂で形成する程度のことは当業者が必要に応じて適宜なし得ることと認める。そしてその際、内部を流れる熱水等に耐えられるよう甲第2号証記載の耐熱性塩塩素化ポリ塩化ビニル樹脂を使用することも、該使用に本願明細書の記載をみても格別の意味が認められないところから、当業者がきわめて容易に想到しえることといわねばならない。

したがって、本願考案は、上記甲第1乃至5号証に記載された考案に基づいて当業者がきわめて容易になしえた考案という外はなく、実用新案法第3条第2項の規定により実用新案登録を受けることができない。

よって、結論のとおり審決する。

平成3年10月11日

審判長 特許庁審判官(略)

特許庁審判官(略)

特許庁審判官(略)

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